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東京高等裁判所 昭和59年(う)425号 判決 1984年7月16日

本籍

東京都新宿区西新宿六丁目七三〇番地

住居

同都品川区東五反田一丁四番九号 五反田スカイハイツ三〇五号

会社役員

小林敏雄

昭和二二年五月一二日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五九年一月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官鈴木薫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人石井春水、同秋山昭八、同葛西宏安連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官鈴木薫名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は、刑の執行を猶予しなかった点で、重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、本件はキャバレーの経営等を目的とする東洋観光株式会社(以下、東洋観光という。)の事質上の経営者(昭和五五年四月三日までは同社の代表取締役)であった被告人が、実弟の同社代表取締役(昭和五五年四月三日までは同社の取締役)の小林成桂(以下、成桂という。)と共謀のうえ、昭和五四年六月一日から昭和五六年五月三一日までの二事業年度において、同社の業務に関し、売上の大幅な除外等を行って簿外仮名預金にする等の方法で所得を秘匿したうえ、同社の所得について納税の申告をせず、同社の法人税合計二億四六一五万円余を免れたという事案であって、(1) ほ脱した法人税の額が合計二億四六一五万円余という巨額に及んでいること、(2) 昭和五五年五月期の所得が四億九二〇四万円余、昭和五六年五月期の所得が一億二一七四万円余という多額であるのに、納税の申告すらしていないこと、なお、昭和五五年五月期分については、税務当局の督促を受け、昭和五六年一月二四日に至って、昭和五三年五月期及び昭和五四年五月期を含む三事業年度について期限後申告をしてきるが、右申告書に記載された昭和五五年五月期における東洋観光の所得額は六五万円余にすぎず、実際の所得額と余りにもかけはなれたものであること、(3) 本件犯行の態様は、原判示のように極めて巧妙かつ徹底したものであり、悪質であると認められること、(4) 東洋観光では、昭年五二年ころから、被告人の指示によりキャバレーのホステスに命じて風俗営業等取締法に触れる卑猥な行為をさせるいわゆるピンクサービスを行うことにより売上げを伸ばし巨額の利益を得ていたものであって、このため再三警察の摘発を受け、被告人自身もピンクサービスを内容とする風俗営業等取締法違反の罪で、昭和五二年一二月には罰金一万円に、昭和五五年六月には懲役四月、執行猶予二年に(同年一二月四日確定)に各処せられているのに、後の事件の審理期間中及びその確定後の執行猶予期間中に本件脱税の犯行に及んでいるのであって、被告人の法規範無視の態度は極めて顕著であるといわざるを得ないこと、を考え合わせると被告人の罪責は重大である。

所論は、東洋観光の実権者は被告人及び成桂の実父の崔泰一であって、本件脱税も同人が企画し被告人らをして実行せしめたものであるから、この点を被告人の情状において酌量すべきであると主張する。

そこで、調査すると、(1) 東洋観光は昭和四七年六月設立され、被告人が代表取締役、成桂が取締役となり、国鉄五反田駅東口所在の東洋会館ビルにキャバレー「東口ニューブルームーン」を開店し、順次店舗を増設したこと、東洋観光では当初被告人が主体となってその経営にあたって来たが、昭和五五年一月に成桂が副社長に就任して以後は、被告人及び成桂が共同して経営にあたって来たこと、(2) 昭和五五年二月、東洋観光経営のキャバレー「西口ブルースカイ」、同じく「大井町ブルースカイ」がいわゆるピンクサービスのかどで警察の手入れを受け、同年三月被告人が風俗営業等取締法違反の容疑で逮捕され、公判請求されたこと、このため同年四月被告人が東洋観光の代表取締役を辞任し、成桂がその後任に就任したこと、もっとも社内的には、被告人が敏雄社長、成桂が成桂社長と呼ばれ、両名の共同経営の実質は変わらなかったこと、(3) 東洋観光の社内では、被告人及び成桂の実父である崔泰一は会長と呼ばれ、月一回開かれる幹部会議に時には出席することもあったが、同人が同社の幹部に対し指示を与えるというようなことはなく、被告人や成桂から相談を受ける程度であったこと、(4) 東洋観光の売上げの二分の一ないし三分の二を公表分から除外し、これを仮名預金にする等といった所得隠匿の方法は、昭年五一年ころから被告人の指示によって行なわれてきたものであること、(5) 東洋観光経営のキャバレーにおけるいわゆるピンクサービスは、昭和五一年ころ、「西口ブルースカイ」の岡野店長がとり入れて売上げを急激に伸ばしたことが発端となって、被告人の指示で東洋観光経営の全部の店舗に順次広げられたものであること、(6) 東洋観光経営のキャバレー「西口ブルースカイ」、同じく「西口ニューブルームーン」の所在する大山ビル、同じく「東口ニューブルームーン」、同じく「東口オーケー」の所在する東洋会館ビルが、いずれも崔泰一の所有であり東洋観光ではこれらの店舗を同人から賃借していたこと、東洋観光の設立或いは同社経営の新店舗の開設等にあたって同人から多額の資金が無利息で貸し付けられていたこと、本件対象事業年度において、毎月東洋観光の簿外仮名普通預金から引き出された多額の現金が同人のもとに届けられ右借入金の返済等にあてられていたこと、(7) 東洋観光の本件対象事業年度における所得は、崔泰一からの前記借入金の返済にあてられているほか、合計約二億五〇〇〇万円が被告人及び成桂名義の不動産の取得資金として使われていること、被告人は正規の給料月額五〇万円ほか、東洋観光の簿外現金等の中から毎月三〇〇万円ないし五〇〇万円の現金を持ち出し、その大半を遊興費として費消していることが認められるのであって、これらの事実からすれば、崔泰一が、東洋観光を資金的に援助するとともに被告人らの相談相手となっていた事実はあるが、同人が中心となって東洋観光を経営していたものとは認められず、昭和五五年一月以前においては被告人が、それ以後においては被告人と成桂とが共同して、東洋観光を経営して来たものであって、本件脱税も被告人及び成桂、就中被告人が中心となって遂行したものといわざるを得ず、所論のように崔泰一が企画し被告人らをして実行せしめたものとは認められない。

そうすると、東洋観光では、本件対象年度の法人税については期限後申告及び修正申告によりその全額をすでに完納し、加算税、延滞税についても一部が支払い済みであるほか成桂名義の不動産を担保にして差し入れ、約束手形による納付受託の手続をとっていること、本件対象年度の法人事業税、都民税についても既に一部を支払い、残額は分割弁済の予定であること、東洋観光に対する罰金六五〇〇万円も既に支払い済みであること、被告人が反省し今後脱税の犯行を繰り返さないことを誓っていること等被告人に有利な諸情状を斟酌しても、被告人を原判示第一の罪につき懲役一年二月に、原判示第二の罪につき懲役四月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 小田健司)

○ 控訴趣意書

被告人 株式会社 小林敏雄

右の者に対する法人税法違反被告事件につき、次の通り控訴の趣意を開陳する。

昭和五九年四月一六日

右弁護人 石井春要

同 秋山昭八

同 葛西宏安

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

原判決が被告人に対し懲役一年六月の実刑を云渡したのは、次に述べる諸般の情状に照らし、その量刑重きに失し、到底破棄を免れないものである。

一、原判決は、罪となるべき事実中において、東洋観光株式会社の実質経営者は被告人である旨認定しているが、該認定は事実誤認であって、真実の実質経営者は被告人の実父である崔泰一であり、本件所為を企画し被告人らをして実行せしめたのも同人である。もとより、それであるからといって、被告人の無罪を主張するものではない。被告人の情状において多分に酌量すべきものがあることを主張するものである。すなわち、原判決は、量刑の理由中において被告人は実父から資金援助を受け、右会社を設立し、順次キャバレーを開店していった旨判示するが、被告人が代表取締役に就任したのは全く名目上であって、これらの実質上のオーナーは実父崔泰一であった。そのことは東口ニューブルームーンが実父所有の東洋会館ビルの二階であり、「ミス五反田(後に東口オーケーと改称)」が同ビルの地下であり、さらに「西口ブルースカイ」が実父所有の大山ビルの一、二階であり「ハイ、ハイ(後に西口ブルームーンと改称)」が同ビルの地下であることに徴しても、十二分に推量されるところである。

被告人は、大学中退後一、二年の間は実父が経営する金融業を手伝っていたが、実父が金融業を廃業した後は、実父のスネかじりをしながら、ゴルフ三昧に明け暮れ、相模原カントリークラブチャンピオンになる等して専らスポーツに興じていた。その後(有)大丸はキャバレー営業を開業するに至ったが、その実質上のオーナーは実父崔泰一であり、日常の営業管理は崔泰一の妻の兄である管野元夫が当っていたもので被告人は全く同社の経営には関与してきなかったものである。従って被告人は(有)大丸産業及び東洋観光(株)の各代表取締役に名を連ねた後も会社には日二、三回しか顔を出さず、会社の経営内容等は知る由もなかったのである。また原判決は、同社の代表取締役名義が実弟小林成桂に変更された後も、被告人を社長と呼ばせ、同社の経営に実質的に関与してきたものであると判示するが、現実には実父が会長と呼ばれて実権を行使し、被告人は単に兄ということで社長、弟成桂は専務と呼ばれていたが、共に会社の経営には実質上の関与をしておらず、もとより売上金の処理等は崔泰一の指示で管野あるいは井上美春、石原雄基らが実行しており、被告人らは知り得る立場になかったものである。もともと同社は小林成桂が昭和四七年三月、日本大学農獣医学部を卒業し、社会人になった際、実父が被告人兄弟を名義上の役員として同年六月二〇日設立したものであって、出資金及びその後の店舗増設、改装費用等も一切父親が出資していたものでかり、キャバレーという営業をすることも、その経験のある実父の発案によるものであった。そして営業開始後は利益が発生するようになると、その利益金は実父に全部持参し、必要に応じて実父から支弁を受け、これを営業資金として使用し、あるいは又個人的な不動産の購入もその金員のうちから支弁されていたものである。

一方崔泰一は、右金員のうちから自己が会社の店舗の造作の費用に充てた額に相当する分を優先的に回収し、その他会社の営業資金或いは被告人兄弟の不動産購入資金、他に店舗を出した分(失敗した有限会社大丸産業分)等を支出したが、その他にも相当額実父の手許に残った分があった筈である。

このような分について、被告人兄弟は全て責任を負い、結局査察調査の結果昭和五六年五月期修正申告書別表五、(一)に記載されているように昭和五六年五月期には有限会社大丸勘定、代表者勘定小林敏雄分、同小林成桂分、合計五億一、二〇〇万六、八四一円の負債を負っている。

二、 原判決は、本件脱税の態様について、本件は大型脱税事犯であることそして昭和五一年ころから被告人の指示で経理担当者が実際の売上額より低い額で公表帳簿を作成し、除外分は簿外現金として保管しておき、公表の支払分は公表の当座預金から支払い、簿外の支払分については簿外現金から支払っていた旨判示し、税務当局の調査に備えて諸般の手段を弄し、極めて巧妙かつ徹底したものであり、しかも、被告人は昭和五六年一月二四日に所轄税務署から督促を受けながら、昭和五五年五月期の申告所得額は六五万円余とした等の点を指摘している。しかしながら、大型脱税犯なる指摘をするのであれば、他に類似若くは本件以上のものは多くあり、卑近な例を挙げれば脱税額二五億円という殖産住宅東郷社長事件もあるのである。すなわち、本件は小型ではないにしても、量刑を左右するような特筆すべき大型脱税とは、いい得ないものである。そして脱税の手口も、この種犯罪におけるものと殆ど同種であって、大同小異の点はあっても特段際立ったものとも云えないであろう。昭和五一年頃被告人は二九歳で、前に述べたとおり名義上は東洋観光株式会社の代表取締役に就任していたものの、実際の会社経営の実務には殆ど関与しておらず、ゴルフなどに打ち興じていた時代である。したがって原判決が指摘する如き態様の帳簿処理を、被告人の立場と能力をもってして指示できる訳もなく、事実経理担当者の誰一人に対してもかような指示をしていた事実は全くないのである。従って昭和五五年五月期の申告についても、被告人の判断で実際の所得額を無視した低い所得の申告をしたものではなく、また実父崔泰一も文字はよく読めず、計算も出来ないのであって、全ては前記管野及び井上、石原等の措置に委ねていたものなのである。しかも、原判決も認定しているとおり、簿外現金から実際に掛った従業員の給料、仕入代金、営業活動費等の経費を支出していたのであるが、当該経費については、本件課税所得の算出に当っては控除されていないのであり、実際の所得額の詳細は不明であるが、本件修正申告額よりかなり少ないものと思料されるのであって、この点について、特段の御斟酌を給り度いのである。

三、 原判決は、被告人が昭和五五年六月四日風俗営業等取締法違反により懲役四月の判決を受けながら、本件各犯行を敢行しており、遵法精神及び納税意識を著しく欠いたもので、厳しい非難に値する旨判示している。しかしながら前述のとおり、東洋観光株式会社の実質上の経営者は実父崔太一であり、被告人は単に形式上の代表取締役名義人であったことから、判示のとおり刑事罰に処せられたのである。もとより風俗営業法違反についても、被告人が積極的且つ意識的にキャバレー従業員をしてピンクサービスをさせていたものではなく、実際はホステス等が自己の収入を挙げるため、むしろ会社側に隠れて過剰サービスをしていたのが真相である。かような場合において、現実には会社の代表者に科刑する以外に警察取締りの実を挙げることができないため、敢て被告人が罪責を問われ被告人もこれに服したのである。しかも被告人は本件判示第二、の罪については形式上も代表取締役のみならず取締役をも退任しており、しかも実権者が前述のとおり実父であり、被告人が実質上の経営者でないことに徴すれば、被告人に対し、このように遵法精神及び納税意識の欠如を厳しく非難することは、むしろ実状と隔け離れるうらみがあるものと云はざるを得ない。

原判決も、実父が会社の幹部会に出席し、会社業務について相談しあるいは多額の資金を無利息で貸付け、その返済が簿外預金から引出されていること等から、実父崔泰一が会社の経営等に関与していた疑いが存することは否定できないとしつつも、実父自身が検察官に対し資金的に援助していたにすぎないと述べ、脱税工作への関与について否定しており、被告人らも実父から指示されたことはなく自分達で決定したうえ、実行した旨明確に供述している等の点を挙げて被告人らを会社経営の最高責任者と判示しているのである。もとより、このような供述をして来たことについて、被告人ら及び実父崔太一に責任なしとはしない。しかしながら、相互に著しい利害関係のある第三者同志の供述であれば、あながち右供述の信憑性を否認するものではないが、実の親子の間柄、とりわけ非常に封建思想が強く残っている朝鮮民族の血族重視観念の厚い者の間において子が親を思い親をかばって、子が自ら積極的に親が会社経営に実質的に関与していた等とは述べ得ないことは容易に推量されるのであって、原判決が指摘する如き供述があったからと云って、このことから直ちに子供である被告人らが会社経営の実権者であるとすることは、木を見て森を見ないうらみがあるのであって、客親的な金銭の流れ、キャバレーの設置場所、日常業務における実父の係り方等々に徴し、到底真相とは異なるものと推認できるのであって、かく認定することこそ経験則に合致する所以外であると思料する。

四、 被告人は少くとも登記上会社の代表取締役であったことから、その責任は免れないものと観念し、而も実父及び実弟の罪責を一身に背負う積りで、本件捜査及び当公判において終始一貫して本件各犯行をすべて認めてきたのである。これが被告人の責に帰すべきものであることは当然であるが、反面被告人のいさぎよい態度を認める証左であろう。また被告人は今後脱税等の犯行を二度と繰り返さない旨固く誓約し、而もこれを実践するため、被告人は会社から一切関係を絶ち、自らの経験を生かしてゴルフショップを開業することとし、目下その準備中であり、今後再犯の恐れは全くないのである。被告人は現在妻の他、女子七歳、男子三歳、及び二歳の四人家族で平和な生活を営んでいるが、唯本件実刑判決のみが最大の悩みである。また、この様な結果を招いたことによる実父の悩みと悲しみは尽大なものであり、成桂を含め家族の苦しみもまた想像に余りあるものである。被告人は本件対象事業年度分の法人税を完納し、加算税、延滞税についても不動産担保を差入れ、約束手形による納付受託の手続きをとっている外、法人事業税都民税についても、その一部は既に支払済みであり、残額も分割弁済の予定である。また、会社においても新たに税理士をむかえ、経理体制を改善する環境を整え、今後はまじめに納税するよう認識を改めているのである。この際被告人が実刑に服するようなことになると、税金の残額納入にも支障を来しかねないのである。

本件は新聞等に大きく報道され、被告人らに対してはもとより、一罰百戒の効果は十二分に達したものと云い得るのであって、この際むしろ被告人に対し執行猶予の判決を言い渡され、被告人らの一族犯罪とも云うべき来本件について公平な処罰を与えることが最も妥当な裁判であって、これによって被告人ら一家の平和が期得されるばかりか、本件脱税額を完納させることにもつながり、また被告人に対し今後人生を歩む上で最大な勇気を与える所以となることを確信するものである。

以上で明らかなように、原判決の被告人の量刑は重きに失し、破棄を免れないものと思料するので、原判決を破棄し、被告人に対し刑の執行猶予の恩情ある判決を賜わりたく、本件控訴に及んだものである。

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